アダム・スミス

adamsmith

最小の労力をもって最大の欲望を満たすことが、人間の経済行為の基礎原理である。

 

水ほど役に立つものはないが、水では何も買えない。反対にダイヤモンドそれ自体は何の使用価値も持たないが、交換すると相当の量のものを手に入れることができる。

 

価値という言葉は二通りの異なった意味をもっている。ある時は特定のものの実用性を表現し、またある時はそのものの所有権が譲渡されることによって生ずる購買力を示す。第一のそれは「使用価値」第二のそれは「交換価値」と表現してもよいだろう。最大の使用価値を持つものでも、ほとんど交換価値を持たないことも多く、反対に最高の交換価値を持つものでもほとんど使用価値のないものもある。

 

大同のそばでひなたぼっこをしている乞食の有する安心感は、もろもろの王様が欲しても得られないものである。

 

社会の利益を増進しようと思い込んでいる場合よりも、自分自身の利益を追求する方が、はるかに有効に社会の利益を増進することがしばしばある。

 

労働の賃金は勤勉への奨励であって、勤勉とは他のすべての人間の資質のように、それが受ける奨励に比例して進歩するのである。

 

あらゆるものの真価は、それを獲得するための苦労と困難である。

 

我々が食事をできるのは、肉屋や酒屋やパン屋の主人が博愛心を発揮するからではなく、自分の利益を追求するからである。

 

いやしくても大財産があれば、必ず大不幸がある。ひとりの富者があるためには、五百名の貧者がなくてはならない。

 

国家を最下級の野蛮状態から最高度の富裕に達せしめるには、平和と軽い税金と、正義の寛大な執行の他に不可欠なものはほとんどない。

 

世の中のために働いていると言っている人間で、本当に世の中のために働いている人間を見たことはない。

 

群衆の一員でいることは、まったく気楽なことだ。

 

もともと荷物かつぎの人と哲学者とは、番犬と猟犬ほどにも違わない。両者の間に深淵を開いたのは「分業」である。

 

利己心の発揮は見えざる手を通じて社会の利益を増大させる。

 

健康で、借金がなくて、しっかりした意識があるという幸福以外に、いったい何が必要だというのだ。

 

人間とは取引をする動物なり。犬は骨を交換せず。

 

慈善は婦人の徳、寛大は男子の徳。

 

どんな種類の変更も改良も何も望まないほど完全に自分の境遇に満足しきっていることは、おそらくただの一例もないだろう。

 

労働の賃金は勤勉への奨励であって、勤勉とは他のすべての人間の資質のように、それが受ける奨励に比例して進歩するのである。

 

人間は仕事がないと、健康を損なうばかりでなく精神的にも退廃する。

 

利己心に勝る鞭はない。