イチロー

イチロー

やれることはすべてやったし、手を抜いたことはありません。常にやれることをやろうとした自分がいたこと、それに対して、準備した自分がいたことを誇りに思っています。

 

いかに、いい成績の記憶を、振り払うかということは大事でしょうね。そういうものを背負うと、自分を苦しめることはわかっていますから。

 

びっくりするような好プレーが、勝ちに結びつくことは少ないです。確実にこなさないといけないプレーを、確実にこなせるチームは強い。

 

夢がだんだん近づいてくると、目標に変わってきます。

 

ぼくのプレイヤーとしての評価は、ディフェンスや走塁をぬきにしては測れない。どの部分も人より秀でているわけではないし、すべてはバランスと考えています。

 

どうやってヒットを打ったのかが問題です。たまたま出たヒットでは、なにも得られません。

 

ぼくは天才ではありません。なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。

 

どんな状況でも、一定のラインをクリアするのが、プロです。

 

何かをしようとした時、失敗を恐れないで、やってください。失敗して負けてしまったら、その理由を考えて反省してください。必ず、将来の役に立つと思います。

 

人のアドバイスを聞いているようでは、どんどん悪いほうにいきます。周りは前のフォームがどうだったとか言いますが、実はそんなことはたいしたことではないのです。

 

成功とはとても曖昧なものです。他人が思う成功を追いかける必要はありません。

 

はじめから、今があったわけではありません。状況は少しずつ変えていけるものです。

 

プロ野球選手は、怪我をしてから治す人がほとんどです。しかし、大切なのは怪我をしないように、普段から調整することです。怪我をしてからでは遅いのです。

 

メジャーリーガーの凄いところは、一度「あ、すごい選手だ」と認めたら、2500本もヒットを打っている選手でも聞きに来ます。それが偉大な点ですね。

 

気持ちが落ちてしまうと、それを肉体でカバーできませんが、その逆はいくらでもあります。

 

思うようにいかない時に、どう仕事をこなすか。これが大事です。

 

世の中の常識を少しでも変えるっていうことは、人間としての生き甲斐でもありますから。

 

成績は出ているから今の自分でいいんだ、という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はない 。

 

どんなに難しいプレーも当然にやってのける。これがプロであり、僕はそれにともなう努力を人に見せるつもりはありません。

 

自分を殺して相手に合わせることは、僕の性に合わない。まして上からいろいろ言われて、納得せずにやるなんてナンセンスだと思います。

 

努力せずに何かできるようになる人のことを、天才というのなら、僕はそうじゃない。努力した結果、何かができるようになる人のことを、天才というのなら、僕はそうだと思う。

 

そりゃ、僕だって勉強や野球の練習は嫌いですよ。誰だってそうじゃないですか。つらいし、大抵はつまらないことの繰り返し。でも、僕は子供のころから、目標を持って努力するのが好きなんです。だってその努力が結果として出るのはうれしいじゃないですか。

 

満足は、求めることの中にあるんです。アップの時には全力で走るとか、早く来て個人で練習しているとか、そんなことは僕にとって当たり前のこと。

 

驚かれているなら、まだまだです。驚かれないようになりたいです。

 

考える労力を惜しむと、前に進むことを止めてしまうことになります。

 

練習で作った形を100%としたら、70%や80%の力で結果を出さないといけません。

 

やってみて「ダメだ」とわかったこととはじめから「ダメだ」といわれたことは、ちがいます。

 

手抜きをして存在できるものが、成立することがおかしい。

 

バットの木は、自然が何十年も掛けて育てています。僕のバットは、この自然の木から手作りで作られています。グローブも手作りの製品です。一度バットを投げた時、非常に嫌な気持ちになりました。自然を大切にし、作ってくれた人の気持ちを考えて、僕はバットを投げることも、地面に叩きつけることもしません。プロとして道具を大事に扱うのは当然のことです。

 

人に勝つという価値観では野球をやっていない。今自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと、遠くの目標は近づいてこない。

 

他人の記録を塗り替えるのは、7割・8割の力でも可能ですが、自分の記録を塗り替えるには、10割以上の力が必要です。

 

夢や目標を達成するには、1つしか方法がない。小さなことを積み重ねること。

 

自分のできることをとことんやってきたという意識があるかないか。それを実践してきた自分がいること、継続できたこと、そこに誇りを持つべき。

 

人の数字を目標にしているときというのは、自分の限界より遙か手前を目指している可能性がありますけど、自分の数字を目指すというのは、常に限界への挑戦ですから。

 

なにかを長期間、成し遂げるためには、考えや行動を一貫させる必要がある。

 

キライなことをやれと言われてやれる能力は、後でかならず生きてきます。

 

パワーは要らないと思います。それより大事なのは、自分の「形」を持っているかどうかです。