チャップリン

チャップリン

人生に必要なものは、勇気と想像力。それと、ほんの少しのお金です。

 

浮浪者、紳士、詩人、夢想家、孤独な人、皆いつでもロマンスと冒険にあこがれてるんだ。

 

すべてのものに欲望がある。欲望があるから、バラはバラらしく咲き、岩は岩でありたいと頑張っている。

 

私が想像できる最も悲しい事は、ぜいたくに慣れてしまうことだ。

 

死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ。

 

一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ。殺人は数によって神聖化させられる。

 

私は雨の中を歩くのが好きなんだ。そうすれば、誰にも泣いているところを見られなくて済む。

 

私は悲劇を愛する。悲劇の底にはなにかしら美しいものがあるからこそ、愛するのだ。

 

下を向いていたら、虹を見つけることは出来ない。

 

私の最高傑作は次回作だ。

 

人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。

 

私は庶民の味方だ。そういう人間なんだ。

 

無駄な一日。それは笑いのない日である。

 

もともと人間の運、不運などというものは、空行く雲と同じで、結局は風次第のものに過ぎない。

 

このひどい世の中、永遠のものなんてないのさ。我々のトラブルさえね。

 

人に大切なのは、自信を持つことだ。私が孤児院にいたとき、腹をすかせて街をうろついて食いものをあさっていたときでも、自分では世界一の大役者ぐらいのつもりでいた。つまり勝ち気だったのだ。こいつをなくしてしまったら、人はうち負かされてしまう。

 

必要なのは知識でなく思いやりである。思いやりがなければ残るのは暴力だけである。心に愛を知らぬものだけが憎しみ合うのだ。人生はもっと美しく、もっと素晴らしいはずだ。

 

連中の恨みもやがて過ぎ去り、独裁者らも死んでしまう。そして連中が人々から奪った力は、人々に戻される。そして連中が死んでしまう限り、自由が失われることは決してない。

 

アイデアというものは、それを一心に求めてさえいれば必ず生まれてくる。

 

人間というのは、段々年をとると、停泊地が欲しくなるものである。それは長い間に良く知り合った人であり、一番楽しい人である。

 

私はもうアメリカに用はない。もしイエスが大統領であっても、私はあそこには戻らない。

 

あなたが本当に笑うためには、あなたの痛みを取って、それで遊べるようにならなければなりません。

 

忘れないで、いつも身をかがめていたら、何も拾いあげられないんだよ。

 

私は祖国を愛しています。でも、祖国に愛せと言われたら、私は遠慮なく、祖国から出ていきます。

 

幸福を手にするための戦いは美しいものです。

 

意味を考えていたら始まらない。人生ってのは欲望だ。意味なんてどうでもいいじゃないか。

 

私たちは皆、互いに助け合いたいと思っている。人間とはそういうものだ。相手の不幸ではなく、お互いの幸福によって生きたいのだ。

 

行動を伴わない想像力は、何の意味も持たない。

 

私は神とは仲が良い。私が対立しているのは人間だ。

 

わずかの人間で決めた賞なんて、そうたいした名誉ではない。私のほしいのは大衆の喝采だ。大衆が私の仕事を賞賛してくれたならば、それで十分だ。

 

権力と威厳を持ちすぎる者は、いつでも最後には人々の嘲笑の的となる。

 

失敗は重要ではない。自分自身を馬鹿にするのはなかなか勇気がいる。

 

最初から多くのことを成し遂げようとして極端な努力をすると、たちまちのうちに全てを放棄することになる。

 

しばしば、とんでもない悲劇がかえって笑いの精神を刺激してくれる。

 

いいかい、もし、良いと思ったら、どうやろうかなどと決して心配するな。つまり直感だ。

 

個人としての人間は天才である。しかし、集団としての人間は刺激されるがままに進む、巨大で、野蛮な首の無い怪物となる。

 

私の苦痛が、誰かが笑うきっかけになるかもしれない。しかし、私の笑いが、誰かの苦痛のきっかけになることだけは絶対にあってはならない。

 

貪欲が人類に憎悪をもたらし悲劇と流血をもたらした。思想だけがあって感情がなければ人間性は失われてしまう。

 

完全な愛というものは、もっとも美しい欲求不満だ。なぜならそれは、言葉以上のものだから。

 

言葉はとるにたらないものだ。一番大きくても「象」としか言えない。

 

説明しなければ理解できないような美に対して、私はあまり寛容でない。もし創作者以外の誰かによって、その美について補足説明が必要ならば、私はそれが果たして目的を達成したと言えるのだろうかと疑う。