ブッダ

ブッダ

壮大な岩が風にまったく揺るがないように賢者は、非難と称賛に動じない。

 

 人は「私はこういう人間だ」と自分で考えるその通りのものになります。それと異なったものになることはない。

 

戦いにおいて、一人が千人に打ち勝つこともある。しかし、自己に打ち勝つ者こそ、最も偉大な勝利者である。

 

愚かな人は、「私には息子がいる」「私には財産がある」などといってそれで思い悩むが、自分自身がそもそも自分のものではない。ましてや、息子が自分のものであろうか。財産が自分のものであろうか

 

たとえためになることを数多く語るにしても、それを実行しないならば、その人は怠っているのである。

 

以前には怠りなまけていた人でも、のちに怠りなまけることが無いなら、その人はこの世の中を照らす。あたかも雲を離れた月のように

 

為すべきことであるならば、それを為すべきである。それを断乎として実行せよ。

 

「一切の形成されたものは苦しみである」と明らかな智慧をもって見るときに、人は苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。

 

今日すべきことは明日に延ばさず確かにしていくことこそよい一日を生きる道である。

 

苦悩を乗り越えるための聖なる道は8つの部分からできている。すなわち、正しいものの見方、正しい決意、正しい言葉、正しい行為、正しい生活、正しい努力、正しい思念、正しい瞑想である。

 

目的が達成されるまで、人は努めなければならぬ。自分の立てた目的がそのとおりに実現されるのを見よ。

 

「因果関係によってつくりだされたすべてのものは無常である(諸行無常である)」と、智慧によって見るとき、人は苦しみを厭い離れる。これが人が清らかになるための道である。

 

過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。

 

聖典の言葉をいくらたくさん語っていても、それを実践しなければ怠け者である。それは例えば、牛飼いが他人の牛を勘定しているようなものだ。そういう者は修行者とはいえない。

 

愚かな人は常に名誉と利益とに苦しむ。上席を得たい、権利を得たい、利益を得たいと、常にこの欲のために苦しむ。

 

旅に出て、もしも自分よりすぐれた者か、または自分にひとしい者にであわなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道連れにしてはならぬ。

 

最大の名誉は決して倒れない事ではない。倒れるたびに起き上がる事である。

 

頭髪が白くなったからとて、尊敬できる長老ではない。ただのむなしい老いぼれである。真理あり、他者の害にならず、自ら清め、慈しみあって、そうしてはじめて、彼は心の垢を取り除いた賢者となり、年長者として尊敬される

 

思いわずらうな。なるようにしかならんから、今をせつに生きよ。

 

正しい教えを知らないで百年生きるよりも、正しい教えを聞いて一日生きる方がはるかにすぐれている。

 

沈黙している者も非難され、多く語る者も非難され、少し語る者も非難される。つまり、世に非難されない者はいない。

 

貪りと怒りと愚かさを捨て、諸々のしがらみを断ち、命が尽きるのを恐れず、犀(サイ)の角のように、ただひとり歩め

 

もし、清らかな心で生きている人がいたとしたら幸福はその人の後についていく。

 

他の人たちが「安楽だ」と言うものを、聖者たちは「苦しみである」と言う。他の人たちが「苦しみだ」と言うものを、聖者たちは「安楽である」と言う。法は知りがたいものであると見よ。無知なる者たちは、ここで迷うのである

 

思慮のある人は、奮い立ち、努めはげみ自制・克己によって、激流も押し流す事が出来ない島を作れ。

 

女に溺れ、酒にひたり、賭博に耽り、得るにしたがって、得たものを、その度に失う人がいる。これは破滅の門である

 

善をなすのを急ぎなさい。善をなすのにのろのろしていたら、心は悪を楽しむようになる。

 

母、または父が老いて朽ち衰えていくのを養わないで、自らは豊かに暮らす人、これは破滅の道である

 

水が一滴ずつでも滴り落ちるならば、水瓶でも満たすことが出来る。

 

学ぶことの少ない人は牛のように老いる。彼の肉は増えるが彼の知恵は増えない。

 

他人の過失を見る必要はありません。他人のした事としなかった事を見るのではなく、自分がした事としなかった事だけを見るようにせよ。

 

多く説くからとて、その故に彼が賢者なのではない。こころおだやかに、怨むことなく、怖れることのない人、かれこそ賢者と呼ばれる

 

自分で自分を、励ましなさい。まず、自分を正しく整えてから他人に指摘せよ。そして、他人に指摘したことは、自分も実行せよ。

 

生き物を自ら害すべからず。また他人をして殺さしめてはいけない。また、他の人々が殺害するのを容認してはならない

 

「わたしは愚かである」と認められる者こそ、賢者である。逆に「自分は賢者である」と思っている者こそ、愚者と呼ぶにふさわしい。

 

自分よりも愛しいものはない。同様に他の人々にも、自己は愛しい。故に自己を愛するものは、他人を害してはならない

 

生まれを問うな、行為を問え。