ベンジャミン・フランクリン

ベンジャミン・フランクリン

勤勉な者は、願をかける必要もない。勤勉はすべての物事を容易に運ばせる。

 

井戸が干上がってはじめて、人は水の価値を理解する。

 

今日できることを明日に延ばしてはいけない。「いつか」という言葉を使っていては、失敗してまう。成功したいのなら、「今」という言葉を使わなければいけない。

 

賢い者は、他人の失敗に学ぶ。愚かな者は、自分の失敗にも学ぼうとしない。

 

女と火明りのない家は、魂の抜けた体やお化けのようなものだ。

 

目上に対しては謙虚に、同僚に対しては礼儀正しく、目下には優しく振舞う。これはみんなが心地よく生きるための、「社会生活のルール」である。

 

食事を節するとたいてい頭がハッキリして理解が早くなるもので、そのために私の勉強は大いに進んだ。

 

どんな愚かな者でも、他人の短所を指摘できる。そしてたいていの愚かな者が、それをやりたがる。

 

愚か者の第一段階は、自分をよりよく見せようとする事である。第二段階は、それを他人にしゃべることである。最終段階は、他人の考えを馬鹿にすることである。

 

自分が努力して名をあげる望みのないものは、人が自分の位置まで落ちるのを喜ぶ

 

私は知識を得たいと望んでいたが、知識は人と談話する場合でも、舌の力よりはむしろ耳の力によって得られると考えた。くだらない仲間に好かれるようになるにすぎない無駄口や地口や冗談などに浸る習慣を直したいと願った。

 

年の行った独身男が結婚したいのは、賢くて、美しく、金持ちで、若くて、未婚の処女で、高慢でも粗野でもなく、申し分のない大きさで、都会育ちで、田舎の主婦のように働く女。そんな男は、結構な馬鹿者で、長い間むなしく待ち続け、レディメイドには存在しない彼女に求婚するよりほかない。

 

本当の貧乏人一人に対し、贅沢のための貧乏人は百人いる。わずかな出費に注意せよ。小さな水漏れが大きな船を沈めてしまう。安物買いで得した者が、よく破産する。

 

今日という一日は、明日と呼ばれる日の二日分の価値がある。

 

もしも、人生をやり直すことが、出来るのだとしたら、私はこれまでの生涯を、始めからそのまま繰り返すだろう。

 

相手を説得するために、正論など持ちだしてはいけない。相手にどのような利益があるかを、話すだけでいい。

 

人生を大切にしたいなら時間を無駄使いしてはいけない。人生は時間によってできているのだから。

 

富への道はあなたがそれを望むのであれば、市場(いちば)へ行く道と同じくらい簡単なものだ。富への道はふたつの言葉にかかっている「勤勉」と「倹約」。つまり時間もお金も無駄にせず、その両方を最大限有効に活用するということだ。

 

忍耐力を発揮して待てる人は、望むものを必ず手に入れることができる。

 

得られるものは得よ。得たものは持ち続けよ。このことが鉛を黄金にする”賢者の石”だ。

 

経験というのは、莫大なお金に匹敵する価値がある。ただ、ほとんどの人が、その経験を学びに使わない。

 

金は敵に貸すがよい。そうすれば、やがてその人はあなたの味方になる。

 

自己投資は、一番高い利子をあなたに支払う。

 

本当に豊かなのは誰か?それは、自分に満足している者である。

 

言い訳が得意な者が、他の事が得意であることは滅多にない。

 

十分にあると思った時間も、実際に仕事に取りかかると必ず不足に思うものである。

 

事実よりも考え方が重要である。考え方よりも行動が重要である。行動が最良の結果を生み出してくれる。

 

人生の秘訣は、自分が必要としていることではなく、世の中が必要としていることをやることだ。

 

人間の幸福というのは、滅多にやってこないような、大きなチャンスではなく、いつでもあるような、小さな日常の積み重ねで生まれる。

 

稼ぐだけではなく蓄えることを考えよ。スペインは西インド諸島を手に入れながら、富める国になれなかった。なぜなら、入るよりも出すほうが多かったからだ。

 

人類の不幸の大半は、ものごとの価値を計り間違えることによってもたらされる。

 

規則正しい生活は、人に健康と富、そして賢明さを与えてくれる。

 

他人の短所を指摘するのではなく、長所を褒め称えなさい。

 

他人に楽しみを与える者は、喜びを受け取ることになる。

 

明日やらなければならないことは、今日の内にやってしまうこと。これが人生の秘訣である。