吉田松陰

吉田松陰

世の中には体は生きているが、心が死んでいる者がいる。反対に、体が滅んでも魂が残っている者もいる。心が死んでしまえば生きていても、仕方がない。魂が残っていれば、たとえ体が滅んでも意味がある。

 

思想を維持する精神は、狂気でなければならない。

 

夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。

 

道を志した者が不幸や罪になることを恐れ、将来につけを残すようなことを黙ってただ受け入れるなどは、君子の学問を学ぶ者がすることではない。

 

必ず志を立てて、やる気を出し努力することによって上手くいくのである。

 

自分に勢いがあれば、どうして敵の勢いを恐れようか。自分が強ければ、どうして敵の強さを恐れようか。

 

一日努力すれば、一日の効果が得られる。一年努力すれば、一年の効果がある。

 

今の世の中、優れた人物がいないと人は言うが、上の者が優れている人物を好むということさえすれば、人物がいないことを心配する必要はない。

 

生を捨ててみれば、視界は雲なく露なくきわめて澄みわたり、世の現象がいかにもクッキリとみえ、自分が何をすべきかの道も、白道一筋、坦々として眼前にあります。

 

小人が恥じるのは自分の外面である。君子が恥じるのは、自分の内面である。

 

決心して断行すれば、何ものもそれを妨げることはできない。

 

自分の価値観で人を責めない。一つの失敗で全て否定しない。長所を見て短所を見ない。心を見て結果を見ない。そうすれば人は必ず集まってくる。

 

敵が弱いように、敵が衰えるようにと思うのは、皆、愚痴もはなはだしい。

 

学問とは、人間はいかに生きていくべきかを学ぶものだ。

 

抑制すればやがて溢出する力が大きく、ついに人間、狂にいたる。

 

どんな人間でも一つや二つは素晴らしい能力を持っているのである。その素晴らしいところを大切に育てていけば、一人前の人間になる。これこそが人を大切にするうえで最も大事なことだ。

 

平凡で実直な人間などいくらでもいる。しかし、事に臨んで大事を断ずる人物は容易に求めがたい。

 

学問ばかりやっているのは、腐れ儒者であり、もしくは専門馬鹿、または役立たずの物知りに過ぎず、おのれを天下に役立てようとする者は、よろしく風の荒い世間に出て、なまの現実を見なければならない。

 

人間が生まれつき持っているところの良心の命令、道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである。