坂本龍馬

坂本龍馬

日本を今一度 せんたくいたし申候

 

俺は議論はしない、議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ。

 

何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり

 

人間というものは、いかなる場合でも、好きな道、得手の道を捨ててはならんものじゃ。

 

人というものは短気を起こし、滅多やたらに死ぬものではない。

 

金よりも大事なものに評判というものがある。世間で大仕事をなすのにこれほど大事なものはない。金なんぞは、評判のあるところに自然と集まってくるさ。

 

私が長生きすると思われても無駄なことだと思います。とはいえ、普通の人のように簡単には死にません。私が死ぬような日には、天下が大混乱となり、たとえ生きていても役には立たず、存在したとしても用がないような状態にでもならない限り、なかなかこすい嫌な奴で死にはしません。

 

人間、好きな道によって世界を切り拓いていく。

 

何でも思い切ってやってみることですよ。どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様、骨となって一生を終えるのだから。

 

義理などは夢にも思ふことなかれ 身をしばらるるものなり

 

人間の一生で合点のいかないことが多いのは当然であり、運が悪ければ風呂から出ようとして転び、金玉を潰して死ぬという不運に見舞われる者もいる。そんな者に比べれば、私などは運が強く、どれだけ死にそうな場面に遭遇しても死ぬことはなく、たとえ自分から死のうと思っても生きなければならない状況になってしまう。

 

この数年は東奔西走の日々を過ごし、たまたま知人と出会っても、相手に迷惑がかかるので他人のふりをした。父母の国を思わない者はいない。だが、望郷の思いを消し去ろうとしているのは、情に流されることにより長年秘めていた志が無になることを恐れたからだ。

 

人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある。

 

奇策とは百に一つも用うべきではない。九十九まで正攻法で押し、あとの一つで奇策を用いれば、みごとに効く。奇策とはそういう種類のものである。

 

わずかに他人より優れているというだけの知恵や知識が、この時勢に何になるか。そういう頼りにならぬものにうぬぼれるだけで、それだけで歴然たる敗北者だ。

 

雨が降ってきたからって走ることはない。走ったって、先も雨だ。

 

世の既成概念を破るというのが、真の仕事である。

 

いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない。たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ。

 

世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る

 

世の中のことは、月と雲のようにどうなるかわからず、おかしいものである。

 

天下において、何事かを成そうとする者は、膿(うみ)も良く腫れないうちには針で患部を突くことができないのと同じで、時期を判断することが大切です。

 

時勢に応じて自分を変革しろ

 

人生は一場の芝居だというが、芝居と違う点が大きくある。芝居の役者の場合は、舞台は他人が作ってくれる。なまの人生は、自分で自分のがらに適う舞台をこつこつ作って、そのうえで芝居をするのだ。他人が舞台を作ってくれやせぬ。

 

人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ。

 

暗ければ、民はついて来ぬ。

 

偏見を持つな。相手が幕臣であろうと乞食であろうと、教えを受けるべき人間なら俺は受けるわい。

 

慎重もええが、思いきったところがなきゃいかん。慎重は下僚の美徳じゃ。大胆は大将の美徳じゃ。

 

男子は生あるかぎり、理想をもち、理想に一歩でも近づくべく坂をのぼるべきである。

 

人間、不人気では何も出来ませんな。いかに正義を行なおうと、ことごとく悪意にとられ、ついにはみずから事を捨てざるをえなくなります。

 

相手を説得する場合、激しい言葉をつかってはならぬ。結局は恨まれるだけで物事が成就できない。

 

俺は着実に物事を一つずつ築きあげてゆく。現実に合わぬことはやらぬ。