宮台真司

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日本人に「あなたのアイデンティティは何か」と尋ねると、会社だ学校だと所属対象を答える人が大半。言葉の意味を理解していない。アイデンティティとは、会社をクビになっても家庭が崩壊しても、自分は自分だと言い続けられる根拠なのに。

 

トップクラスの学校は、どこもたいていルーズです。「自分で考えてやりなさい」と言われて終わりです。ところが、二番手あるいは三番手の学校になると、追いつけ追い越せで、非常に厳しい管理教育体制が敷かれるのが一般的です。

 

教育の最終目標とは、子供を幸せにすることよりも、他人を幸せにする(ことで自らも幸せになる)子を育てること。

 

僕が独裁者だったら、ショッカーみたいな絶対悪が出てくる勧善懲悪物こそ、有害メディアとして規制するな。エロ・グロ・ナンセンスは超OKどころか、独裁者推薦って。

 

問題は、たとえば再生可能エネルギー市場で売上1兆円規模の企業が世界に10社以上あるのに日本に1社もないこと。新興国を振り切る新しい市場の創出に向けた努力が著しく乏しい。

 

社会システム理論の視座から言えば、見る人がいないとちゃんとできない成員が大半である社会は、一定以上は複雑になれません。

 

欧州や米国のテレビ局では、番組が扱う分野に学会動向や海外動向を含めて精通したリサーチャーを抱えているのが当たり前で、ディレクターやプロデューサが数週間取材するだけでは到底追いつかない専門性を発揮するのです。

 

先進国は原発推進国だらけですが、「絶対安全神話」や「全量再処理神話」や「原発安価神話」のような、先進国ではありえない出鱈目なフィクションをベースに原発推進政策を続けたのは、ただ一国、日本だけでした。

 

教育とは、恣意的な境界線を必然的であるかの如く思い込ませる操縦であり、自明でない事物を自明であるかの如く思い込ませる操縦です。

 

子供時分から情報を過剰摂取する自由が与えられれば、大人になる前に希薄さに苦しみます。「子供時分は不自由で、大人になれば自由にする」欧州的経路を構築しないと、社会から濃密さが消え、参加動機の調達に失敗します。

 

日本は他先進国と比べて社会保障費の割合も公務員の人口比も最小。にもかかわらず他の先進国のどこよりも国家の借金が大きい。理由は、先進国唯一のデフレと、補助金行政である。

 

人間は、人が見ているとちゃんとするけど、見ていないとズルをする動物です。

 

昨今の日本では自己のホメオスタシスを保つ余裕がなくなっていますから、何かというと敵を作って「これさえ倒せばうまくいくのに」と考えがちで、そう大声で叫ぶ人間が救世主に見えるのです。

 

今は「卑怯」という言葉は死語です。「立派」と「卑怯」という対立概念が消えて、「うまくやるヤツ」と「やれないヤツ」の対立だけになりました。

 

クラス制度と学年制度をなくして、好きな仲間と、好きな時間に、好きな教員のところで、好きな科目を選択できる仕組みを整えれば、大半のいじめはなくなる。

 

僕は子どもに『ウルトラQ』をはじめとした60年代コンテンツを見せてるんです。『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ゲゲゲの鬼太郎』それはなぜかというと、作り手が死にものぐるいで作ってる感じが伝わってくるからなんですよ。

 

現役医学生や現役東大生でも風俗や売春に関わる女性は少なくない。動機を尋ねると「好奇心」との答えが返ってくる。だが真に受けてはならぬ。深く尋ねれば〈親への恨み〉が浮上する。

 

今後、労働力が不足し、外国人労働者を単純労働から熟練労働や頭脳労働にまで受け入れないと経済がもたなくなる。当然様々なノイズや軋轢が生まれます。それは不幸にみえるけど、文化的には絶対にバネになるはずです。