王貞治

王貞治

真剣で斬り合いの勝負をしていた昔の武士が『時にはミスもある』なんて思っていたら、自らの命に関わってしまう。だから彼らは、絶対にそういう思いは、持っていなかったはずです。時代は違えど、命懸けの勝負をしているかどうかですよ。敵と戦う時間は短い。自分との戦いこそが明暗を分ける。

 

僕は人生は円だと思ってきました。朝があれば、昼があり、夜があって、朝がくる。季節で言えば冬がくれば、春、夏、秋がきて。これはもう止めようがありません。人間もサイクルみたいなものがあって、調子がいいときもあれば、悪いときもある。

 

自分をいじめられるというのは、うまくなりたいからです。そうしないと打てない、勝てないと思うから、自分をいじめ抜く。仕事ではMだというのはいいことじゃないかな。自分に勝つために自分をいじめて、自分と勝負できるというのはどの世界でも必要なことだと思います。ムチで叩いてくれとは言わんけどね(笑)。

 

勝つための最善の努力は、どんな時もやめてはいけない。逃げたらだめなのです。

 

バッティングというのは太陽のまわりを運動する惑星みたいなものでね。その核心は軸として定まっている。

 

努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。

 

練習を怠る人が上手くなることはないんですよ。修練して上手くなった人がより上手くなるんです。

 

自分のためにやるからこそ、それがチームのためになるんであって、「チームのために」なんて言うやつは言い訳するからね。オレは監督としても、自分のためにやってる人が結果的にチームのためになると思う。自分のためにやる人がね、一番、自分に厳しいですよ。何々のためとか言う人は、うまくいかないときの言い訳が生まれてきちゃうものだから。

 

ときには嵐のような逆境が、人を強くする。

 

今までの僕の記録は、みんな耐えることで作られてきた。

 

ホームランを打つことは注目されたけど、それ以外は、あくまでも王貞治だと思っていた。世間はなかなかそう思っていなかったけど、僕はそういう生き方をしようと思っていたからね。

 

ヒットを打てなくても口惜しくなくなったし、ホームランを打ってもそんなに嬉しくなくなった時、限界がきたと思った。

 

もう打てないんじゃないかという恐怖は、常について回るんです。結果を残してきた人ほど不安と戦ってきたはずだし、恐怖心を持っていない人は本物じゃない。その怖さを打ち消したいがために、練習するわけです。

 

我々は勝つしかない。勝てばファンも拍手で迎えてくれる。

 

敵と戦う時間は短い。自分との戦いこそが明暗を分ける。

 

名選手になることは難しくない。努力を怠らず、目の前にあるものをキッカケを逃さずに、確実に掴んでいけば、必ずどうにかなる。

 

練習で120%の力で振れ。そうすれば試合は80%の力でいい。

 

最高のものを求める強い気持ちがないと、結果は出ないものなんだよ。

 

カネほしさに野球をやる人は、決して本物にはなれないでしょう。

 

基本的にプロというのは、ミスをしてはいけないんですよ。

 

チームでも人でも、成長するときは45度の角度で一本調子で上がっていくことはない。最初は見えないくらいジワジワと上がっていき、途中から急カーブで伸びるものです。そのジワジワの時期にも、監督としては辛抱強く言い続けること、そして待ち続けることが大事なのです。

 

ホームランというのは準備したことがちゃんとできてるだけの話。

 

ジャイアンツでは、何のための練習なのか、自分の役割は何なのかを明確に意識していました。

 

時代はどんなに変わっても、何かを目指して、一本の道を、周りの人とは違うスピードで、違う感覚の世界に住んで、どんどん突き進んでいく人というのは、必ず出てくるんです。そういう人に共通しているのは、ストイックだし、マゾ的な要素を持っているところ。自分自身をいじめるところへ身を置くことで快感を得られる。他人がどう思っても、自分に必要なことなら、どんなことでもやらないかんということになる。僕だって、ありますよ。

 

百回やっても、千回やっても絶対俺はちゃんとできる、という強い気持ちを持って臨んで初めてプロと言えるんです。

 

やっぱり勝つと見えてくるものがあるんだよ。