茂木健一郎

茂木健一郎

通勤電車の中で、あるいは注文した料理が出てくるまでの数分間でも、集中して知識を吸収しようと努める。ほんの2、3分でも、累積すればかなりのものになる。また、このようなスキマ時間の集中勉強法は、脳の特性にマッチした学習法でもある。なぜならインターバルをあけて何度もインプットを繰り返すことで、学んだことが記憶として定着しやすくなるからだ。

 

いま日本では「裕福な親の子供しか、いい教育を受けられない」という教育格差が話題になっている。しかしインターネットは万人が平等にアクセスできるものだ。ということは、勉強するかどうかは本人のやる気次第。勉強しようという「志」があるかどうかである。

 

脳の神経回路は、楽観的に物事をとらえていないと、潜在能力を発揮できないようにできています。悲観的なときの脳は、言うなれば潜在能力に蓋をして抑え込んでいる状態なのです。

 

壁にぶつかった時や重大な決断を下すときは、論理的な思考よりも感情が訴えかけてくるものに従う、つまり直感を信じることが大事です。

 

フロー状態で勉強せよ。最高に集中していて、しかもリラックスしている。勉強することが、蜜の味になる。そのような内的感覚をつかみ、毎日の勉強で実現するように心がけよ。

 

「凡人が秀才に勝てるわけがない」私たちはこう思い込んでいる。しかし社会人になってからの勉強次第では、高卒が東大出をさしおいてビジネスで成功するのも夢ではない。

 

笑うと創造力が高まり、良いアイデアも出やすくなります。これはおそらく、笑うとうれしいときなどに出る神経伝達物質のひとつであるドーパミンが分泌され、脳の司令塔の機能を持つ前頭前野を刺激し、フロー状態に入りやすくするためです。

 

記憶力が異常に強い人がいます。こういう人は、一般的に体験を整理して、意味を見出すという能力は低いということが、経験的に分かっています。

 

同じことを繰り返すのが、創造性の一番の母だ。

 

人間の脳は、貪欲だから、この人といると自分が成長できるという人を好きになる。相手が自分にないものを持っているというのは、好きになる上での重要なポイントである。

 

ストレスをなくすまず第一のコツは、自分にコントロールできないことについては最初から諦めるということである。他人の心は制御できないし、飛行機が遅れるのも仕方がない。自分が努力すればなんとかなる領域と、ならない領域を見分け、後者についてはなるようになる、とイライラしない。

 

側頭連合野に記憶が蓄積されるということは、創造するための素材になってくれると同時に、固定観念にとらわれてしまうリスクともなる。例えば、過去の成功体験にとらわれてしまうと、新しいことへのチャレンジができなくなる。だから、年をとって、さまざまな経験を重ねることは、創造性のための素材が蓄えられる、という意味ではいいのだけれども、同時に、意欲を持ち、自分の経験にとらわれない冒険心を持つ必要があるのである。

 

脳が最も創造的になっているのは、フロー状態にあるときです。フロー状態とは、集中しているけれどもリラックスしている状態です。努力することなく自然に、脳や身体が最大のパフォーマンスを発揮できます。私たちは、緊張してしゃちほこばっている状態を「集中している状態」と勘違いしてしまいますが、そうではありません。目指すべきは緊張ではなくリラックスです。

 

気付きにおいて特に大切なのは、「周辺視野」である。今自分が注目し、向き合っているもの以外の、視野の端に見えているものにいかに気付くことができるか。

 

夜ではなく、朝おきて昨日の出来事の日記を書いてください。それが 明日からはじめられる頭が良くなる方法。

 

創造性を生み出すのに適した作業は、メタファー、つまり隠喩です。日本では、あまり日常的に用いられることはありませんが、欧米では会話においても文章においても、メタファーを駆使できるかどうかが、その人の創造性を判断する決め手となっています。発想を置き換える、その行為こそが創造性と大きく連動しています。

 

日本では「インターネットで勉強する」という発想があまりないが、本気で学びたい人にとっては宝の山である。試しにカントの『純粋理性批判』やダーウィンの『種の起原』を検索してみてほしい。原文がすべて無料で読めることに驚くだろう。あるいはグーグルの「Google Scholar」で検索すれば、興味のあるキーワードを入れるだけで論文がPDFファイルで読めるようになっている。ということは、勉強したい気持ちがあるなら、もはや大学へ行く必要はない。僕はインターネットだけで勉強してノーベル賞をとる人も、いずれ現れると思っている。

 

自分の最大の欠点のすぐ近くに最大の長所がある。だからこそ欠点を見つめよ。

 

涙は、自分では受け止めきれない何かを受け止めた時に流れ出す。今の自分では処理できないと感じた時に、涙がオーバーフローするのである。

 

脳の潜在能力を引き出すためには「楽しむ」感覚が必要です。そうでないと潜在能力だけでなく、身に着けたスキルも十分に発揮できない。

 

日本の風土病の最も深刻な点は、人間が作った奇妙な制度を、そのまま受け入れて、「そんなこと言ったってねえ、チミ、現実はこうなんだよ」と言って何かを説明した気になっている愚鈍なやつらを大量に生み出すことだろう。批判する学生側も、案外そういう制度に囚われている。

 

私の周辺でも、「あいつは欠かせないな」という人物が何人かいる。そのような人物は、ある特定の問題の専門家であるというよりは、「場」をつくることができる人物だというケースが多い。単純なようだが、宴会のときに注文などを仕切ることができる。話題を絶やさずに、その場にいる人を楽しませることができる。その人がいると、何とはなしに安心で、楽しい。姿が見えないと、あいつはいないのかと探してしまう。そういう人は、必要な人だ。人と人との関係を、潤滑油として触媒することができる。そのような人は、結局、会社に求められる。

 

スマホは手軽に知への扉を開いてくれるが、同時に「単なる暇つぶしの娯楽を提供する」という麻薬のような側面も持っている。たとえばいま流行のオンラインゲームをダウンロードすれば、いくらでも暇をつぶせてしまう。いわばパチンコ屋的な刺激を与えてくれるものでもあるのだ。一台のスマホをハーバード大学にするか、ただのパチンコ店にするかは、あなたの志にかかっている。