親鸞

親鸞

賢者は内面は賢いが、外見は愚かに見える。愚者は内面は愚かだが、外見は賢く見える。

 

薬があるからといって、毒を好んで飲むべきではない。

 

浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらなし

 

我はほどなく浄土に帰るなり。この世に言いおくこと一言もなし。

 

行者、宿報にてたとい女犯すとも、われ玉女の身となりて犯せられん。一生の間よく荘厳し、臨終に引導して極楽に生ぜしめん

 

無明煩悩われらが身にみちみちて、欲も多く、怒り腹立ちそねみねたむ心多く、臨終の一念に至るまで止まらず消えず絶えず

 

明日ありと思ふ心の仇桜(あだざくら) 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは

 

善悪の二つ惣じてもて存知せざるなり。そのゆゑは、如来の御こころによしとおぼしめすほどにしりとほしたらばこそ、よきをしりたるにてもあめれ

 

たとひ法然聖人にすかされまひらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらう

 

よしあしの文字をもしらぬひとはみな、まことのこころなりけるを善悪の字しりがほは おほそらごとのかたちなり。

 

一人いて悲しい時は二人いると思え。二人いて悲しい時は三人いると思え。その一人は親鸞なり。

 

ひとのいのちみじかくもろし

 

そうだろう、人間というのは契機がなければ一人の人だって殺せないのだ。しかし、契機があれば百人、千人、殺したくないと思っていても殺すこともあるんだよ

 

どのような悪人でも念仏だけで往生できる

 

『如来』と申すは諸仏を申すなり。

 

真実信心の行人は、接取不捨のゆへに正定聚のくらゐに住す。このゆへに臨終まつことなし、来迎たのむことなし

 

賢者の信は、内は賢にして外は愚なり、愚禿(ぐとく)が心は、内は愚にして外は賢なり。

 

なごりをしく思へども、娑婆の縁つきて力なくしてをはるときにかの土へは参るべきなり

 

人のいのちは日々に今日やかぎりとおもい、時時(ときどき)に只(ただ)今やおわりとおもうべし。

 

さるべき業縁のもよほせば、いかなるふるまひもすべし

 

自分の意思で心臓を止められないから仏はいる。

 

非人を差別する者こそ、真の意味での非人である

 

さるべき業縁のもよほせば、いかなるふるまひもすべし

 

悪性さらにやめがたし こゝろは蛇蝎のごとくなり