養老孟司

養老孟司

壁は全て、自分が作っている。

 

若い人の弱点は、今の自分で世界を考えたがること。自分が変われば、世界も変わることに気付いていない。

 

自己実現などといいますが、自分が何かを実現する場は外部にしか存在しない。より噛み砕いていえば、人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる。

 

自分が変われば世界も変わる。自分が変われば楽しくてしょうがなくなる。同じ場所で風景が違って見える。

 

暇が無い、というのは気分であって、必ずしも事実ではない。結論を急ぎすぎて経過を楽しまない。それが忙しいということである。

 

私は、幸福論など語ろうとは思わない。むしろ馬鹿げているとさえ思っています。だって、今思っている幸せと、後から思う幸せとはまったく別のものだからです。

 

人間を構成している成分は約1年で90%入れ替わる。人間は川のように流れ移り変わる。本当の自分など存在しない。

 

人は何かを知り何かを忘れ、生まれ変わり続けている。そういう経験を何度もした人にとっては、死ぬということは特別な意味を持つものではない。

 

皆が群がる場所ではなく、誰も行かないような場所へ行ってみる。人が行きたがらない所へ目を向けてみる。そこにこそ、皆が手に入れることのできない貴重なものが落ちているように思います。

 

毎日がつまらない人は、「このままでいい、世界はいつも同じだ」と決め付けている人なんです。

 

日本人は外ばっかり見ている。しかも、根拠もない世の中の常識に踊らされている。だから不安になる。

 

君たちだってガンになることがある。ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう。では、桜は変わったのか。そうではない。それは自分が変わったということに過ぎない。「知る」というのはそういうことなのだ。

 

自分の力で(幸せを)探そうとはせず、人任せで(幸せという)探し物をする。ほんとうにそこには幸せが落ちているのでしょうか。

 

人生は家康型なのです。一歩上がれば、それだけ遠くが見えるようになるけれども、一歩上がるのは容易じゃない、荷物を背負っているから。しかし身体を動かさないと見えない風景は確実にある。

 

人生でぶつかる問題に、そもそも正解なんてない。とりあえずの答えがあるだけです。

 

確かに自分を変えるのは怖いかもしれない。どうなるかが、予想できなくなるからです。だからこそ、勇気が意味を持ってくる。

 

インターネットの中にあるのは、全部過去の遺物です。

 

人気のある華やかな仕事、楽しそうな仕事、お金の稼げそうな仕事、そんな所に人々は群がります。なぜなら、そこには幸せがあるような気がするからです。

 

自分の好きなものを追求していくと、どんどん自分が変わる。そして変わるということは、成長するということです。

 

これだと自分が思えることなら、何歳になって見つかってもいい。それこそ何度、転職してもね。

 

知識が増えても、行動に影響がなければ、それは現実にはならない。

 

閉塞状況とは外に壁があるのではない。自分を変えようとしないところから始まる。

 

古典は読むべきだし、読む力をつけるべきである。それには自分で読むしかない。他人を当てにしても無駄である。まして学校ではほとんど何も教えてはくれまい。

 

結局ね、ダメなんですよ、人に生かしてもらったら。自分で生きなきゃダメなんです。

 

自分が変わっていなかったら、何も学んでいないと思えばいい。

 

そもそも先のことなんか、だれにも分からないんです。どうなるか分からないけど、まずやってみよう。そういう気持ちが苦境を切り抜けるパワーを与えてくれる。

 

人生の分かれ道で、安全な方と危ない方があれば、危ない方を選べ。

 

人というのは、いつ死ぬかわからないんです。ボーッとしてたら、あっという間に終わってしまう。だから、まず一生をどうやって生きていきたいのかというところから、きちんと考え直したほうがいいと思う。

 

天才といわれる人はほとんどが努力。人より秀でている部分を余分に良く使う。

 

相手が悪だということは、自分が正しいことを保障するわけではない。

 

今が幸せかどうかなどと考えることは、まったく無意味なことです。そんなことは後になってから自然に分かってくる。

 

人気のある華やかな仕事、楽しそうな仕事、お金の稼げそうな仕事、そんな所に人々は群がります。なぜなら、そこには幸せがあるような気がするからです。

 

漫画とかアニメーションばかり見ていると、基礎になるものがなくなる。基礎がトトロでは困る。