松井秀喜

松井秀喜

監督、申しわけありません。どうしても夢を捨てきることができません。メジャーリーグに行かせてください。

 

だって、カメラやペンの向こうにファンがいるじゃないですか。僕は、球団からではなく、ファンからお金をもらっていると思っているんです。

 

ヤンキースを選んだのは、あえて自らを厳しい状況に追い込み、自分の潜在能力を引き出したいと思ったからです。

 

長嶋監督には一度も褒められたことがありません。

 

毎日、毎日、二人きりで練習に付き合ってくださり、ジャイアンツの4番に必要な心と技術を教えていただきました。また、その日々が、その後の10年間アメリカでプレーした私を大きく支えてくれました。そのご恩は生涯忘れることはありません。

 

どんな道でも、進んでいけば嫌なことはいっぱいあります。それでも、逃げないことだと思います。

 

一生懸命に練習すれば、必ずいい結果が出ると信じているんです。

 

高校時代もジャイアンツにいた頃も走って、自分でスイングして自分のバッティングを作ってきた。必ずその過程を踏まなくちゃ、自分のいいものは出せない。

 

ジャンプをする前には、体を縮めます。そうした準備行動をしなければ、決して高く飛び上がることはできません。「今は、体を縮めてジャンプの準備をしているんだ」と自分に言い聞かせ、我慢の生活を、できるだけ明るい気持ちで過ごしました。

 

野球というスポーツの素晴らしさを子供たちに伝えていきたい。そのためにも、大きなホームランを打ちたいんです。

 

パワーで遠くへ飛ぶのなら、プロレスラーやお相撲さんが遠くへ飛ばせるはずです。インパクトの際、ボールに最大限の力を加えられる技術があるからこそ遠くへ飛ばせるんです。

 

僕は野球に対してだけは、どんなことがあってもこれが好きなんだ、夢をかなえたいんだという思いを持ち続けてきました。

 

外国人選手のように肩が強くなければ、とったらすぐ投げればいい。脚力が劣れば、スタートの第一歩をどうするかを考えたらいい。自分は何で勝負できるかを考えることによって、活路が見出せるはずです。

 

僕は変化というのは自分からは求めていません。求めていかなくても変わるところは変わっていくでしょうし。こっちのやり方がダメならあっちの方という考えはないんです。

 

神様は頑張った人や苦しんだ人に、最後は微笑んでくれる。神様は楽をしている人、楽をしていい結果を残そうとしている人、投げやりになっている人には、最終的には微笑まないと思います。

 

石川県根上町(現能美市)の少年野球チーム、根上中学、星稜高校、巨人軍。これまで自分が所属してきたチームを誇りに思ってきた。

 

苦しみや辛さこそが生きている証ではないでしょうか。今、自分がすべきことは何なのかを正確に受け入れ、それを補う努力をしていくしかないと思っています。

 

僕が心がけていることは、いつも同じように準備をし平常心で打席に向かうことです。打ちたいという気持ちが強ければ強いほどホームランが打てるなら、いつも打ちたいと念じますよ。

 

人生も野球も、失敗そして後悔の連続です。

 

ぼくの座右の銘は「一日一生」です。

 

大型契約で強い責任を感じております。それが、ぼくの力に変わると思っていますし、100%の力を出す自信はあります。

 

僕を落としたことを後悔させるような活躍をしてみせます。

 

いつか現役を引退するとき、左手首を見つめて「おい、あのとき骨折してよかったよなあ」と語りかけてやりたい。

 

悔しさを露にすれば自分の心が乱れます。自分の心が乱れれば、次にど真ん中の好球が来たとしても打てません。

 

ぼくは階段を少しずつのぼっていくタイプだと思っているんです。

 

骨折してバットを振れない時期、ファンの皆さんから頂いた手紙やメールが、どれほど僕の励みになったか分かりません。言葉には大きな力があることを、痛感しました。

 

大事な試合で打てるのは、運というか、星というか、偶然ではないものを感じます。だから、僕は神様の存在を信じちゃうんです。

 

生きる力とは成功し続ける力ではなく失敗や困難を乗り越える力です。

 

わたしはこの賞をいただき、大変、大変、光栄でありますが、同じくらいの気持ちで恐縮をしております。わたしは王さんのようにホームランで、衣笠さんのように連続試合出場で、何か世界記録をつくれたわけではありません。長嶋監督の現役時代のように、日本中のファンの方々を熱狂させるほどのプレーができたわけではありません」今後、偉大なお三方(王貞治さん、衣笠祥雄さん、長嶋さん)の背中を追いかけ、日本の野球の、そして野球を愛する国民のみなさんの力に少しでもなれるよう努力をしていきたいと思います