坂本龍一

坂本龍一

音楽に、完全なオリジナルティはこの世には存在しない。一曲の中で5%は個人の本当のオリジナル。95%は伝統。自分は5%のおもしろい部分に興味がある。

 

あのころは、1日16時間くらい仕事しても全然平気でした。僕をマネジメントしてる人たちが体調崩してバタバタ倒れていく中で、僕だけが馬並みの体力で、事務所の人が「あいつにトリカブトを飲ませて、カラダを弱らせろ」って言ってたくらい。自分のことしかなかった。でも30代はそれでもいいんじゃない。いずれできなくなる日が来るから。

 

僕は与えられたチャンスには挑んでいったけど、自分の背中を誰かに押してほしいと思ったことはまったくありませんでした。若いときには、たとえ一歳でも年上の人間は全部敵だと思っていて、その人たちの言うことは絶対聞くものかと思って生きてきたからです。それくらいの気概を持っていないと、本当に何もできないのです。

 

ぼくの現在の気持ちは、友達が大切、ということとは異なります。因みに現在のぼくの友達の定義は、ぼく(ぼくたち)に何らかの危険があった時に真っ先に電話をする人、です。そうなると、ただしゃべっていておもしろい人とかは、落ちます。もっと本当に頼れる人。そうするとほとんどいない。ぼくの場合、日本に何人か、アメリカに少し、ブラジルに少し、というように世界中でも何人か、でしょう。

 

音楽というものは、物理的な音を感知することだけではなく、音楽的な何かが自分の脳の中に喚起されることである。

 

100年後にも人々に聴かれている音楽をつくること。自分を漱石と比較する気はないけれど、漱石が死んだ年をとっくに過ぎてしまったことに忸怩たる思いがある。

 

ぼくは現在友達と言える人はほとんどいないんですよ。あなたがたにこういう質問をされて、初めて考えましたが、多分友達が必要なのは、自分が確立していないからなんだと思います。まず、自分にやることがあれば、時間がもったいなくて、わざわざ友達に会う為に一時間もかけて学校になんか行きませんよね。

 

向こうに行って本当によかったなと思ったのは、すべてをひとりでやらなければならなくなったこと。英語もろくにしゃべれなかったから、郵便局で手紙を出すのにもオドオドしていて、「もっとデカい声で言えよ!」って郵便局員に怒鳴られて、ますます焦ったり。そんなことを繰り返すことが、自分を取り戻す作業になっていた。

 

息苦しい社会に対しては「引きこもるかアウトローになるか、外国に出るか」が有効な手段だ。

 

スタジオにいると、クイーンのギタリストがひとりでギター抱えてやってきたり、エレベーターで隣になったおじさんがボブ・デュランだったり(笑)。もしあのまま日本にいたら、偉い人になっちゃって、自分が一番嫌いなタイプの人間になっちゃってたかもしれません。

 

自分の居場所なんて、自分で決めればいいんだよ。

 

売上を伸ばしてやろうとか、一位になってやろうなんてまったく考えずに作った曲がたまたまヒットしただけ。その前にそんな努力をした時期もあったんですけど、それはぜんぜん実らなかったのにね(笑)。あれで逆に、結局僕の場合、そういう努力は無駄なんだなあということを突き付けられました。

 

だいたい僕も含めて、あるジャンルで一人前になってる人たちのなかで、なりたくてなった人はほとんどいないんですよ。

 

欧米のいわゆる純音楽以外のミュージシャンで譜面の読み書きができる人は殆どいません。そんなものなくても音楽はできるし、元々なかったものです。音楽自体は何万年もあるけれど、譜面なんてたかだか1000年ちょっとなんです。

 

大学時代にダベっていた友達とは現在ほとんど交流はありません。よく新聞とかで、エライ企業人とかの昔話しで、友達の大切さ、なんて書いてありますよね。ぼく、あんなの信じられない。

 

僕の持論でもありますが、よいコンサートほど眠たくなりますよ、必ず。だから、寝られないようなコンサートはダメです。

 

たとえば、一生かかっても僕が会うことがないだろう、ルーマニアの小さな村のおばちゃんが、たまたま僕の音楽を耳にして、「ああ!」と思ってくれる音楽をつくることができるのか。そこが僕の基準です。

 

『音楽』が救いというのはあんまり言いたくないけれど、そういう役割というのは絶対にありますね、音楽は。