シェイクスピア

シェイクスピア

運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ。

事情が変われば己も変わるような愛、相手が心を移せば己も心を移そうとする愛、そんな愛は愛ではない。

人生は歩く影にすぎない。

おまえは、他人のなかにある自分と同じ欠点をむち打とうとするのか。

「これが最悪だ」などと言えるうちは、まだ最悪ではない。

傷の疼きを感じたことのない者だけが、他人の傷痕を見てあざ笑う。

どうせ年をとるなら、陽気な笑いでこの顔にシワをつけたいものだ。

天国と地上の間には、世の哲学などの思い及ばぬことが多数ある。

嫉妬に御用心なさいまし。嫉妬は緑色の目をした怪物で、人の心を餌食にしてもてあそびます。

愛は嵐の中でも揺らぐことなく堅固に立ち続ける灯台だ。さまよう小舟すべてを導く星だ。その高さは測れようと、その価値は測りがたい。

貧乏でも満足している人間は金持ち、それも非常に金持ちです。しかし、大金を持っている人でも、いつ貧乏になるかと恐れている人間は、冬枯れのようなものです。

小雨はいつまでも降り続くが、大嵐はあっという間だ。早く馬を走らせるものは、また早く馬を疲れさせもする。

ひとつの顔は神が与えてくださった。もうひとつの顔は自分で造るのだ。

お前は熊から逃れようとしている。しかし、その途中で荒れ狂う大海に出会ったら、もう一度獣の口のほうに引き返すのか?

俺は名誉なんかほしくない。名誉は葬式の紋章にすぎない。

恋はまことに影法師、いくら追っても逃げていく。こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げていく。

豊かさと平和は、臆病者をつくる。苦難こそ強さの母だ。

外観という者は、いちばんひどい偽りであるかも知れない。世間というものはいつも虚飾に欺かれる。

所詮は人間、いかに優れた者でも時には我を忘れます。

お前もわかっているが、我らだけが不幸なのではない。この広い宇宙という劇場でははるかに苦悶に満ちた劇が演じられているのだ。

嫉妬をする人はわけがあるから疑うんじゃないんです。疑い深いから疑うんです。

心に音楽を持たず、美しい音の調和に心動かされない者は反逆、暴動、略奪にこそ向いてはいるが、その精神の動きは夜のように鈍い、その情愛は暗闇の冥界のようだ。そういう人を信用してはならない。

誰の話でも聞いてやれ、しかし自分のことはあまり話すでない。他人の意見をよく聞き、だが判断は差し控えておくこと。

たとえ小さな斧でも、数百度これを打てば堅い樫の木も切り倒せる。

音楽が何のために存在するかさえご存知ないらしい。勉強や日々の仕事が終わった後、疲れた人の心を慰め元気づけるために音楽はあるのではないか?

自然でない行いは、自然でない混乱を生む。

生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。

頑固な人には、自ら招いた難儀がいちばんよい教師になるにきまってます。

金の貸し借りをしてはならない。金を貸せば金も友も失う。金を借りれば倹約が馬鹿らしくなる。

嫉妬とは、自分ではらんで自分勝手に生まれる化け物なのです。

期待はあらゆる苦悩のもと。

恋はまことに影法師、いくら追っても逃げていく。こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げていく。

不幸を治す薬は希望より外にない。

求めて得られる恋もよいものだが、求めずして得られる恋のほうが、なおのことよいのである。

言葉が役に立たないときには、純粋に真摯な沈黙がしばしば人を説得する。

上手く話しをするということは、一種のよい行為だ。しかし、言葉は言葉、行為ではない。

失敗の言い訳をすれば、その失敗がどんどん目立っていくだけです。

今晩一晩は我慢しなさい。そうすれば、この次はこらえるのが楽になる。そして、その次はもっと楽になる。

正直なほど富める遺産はない。

ものを言わぬ宝石のほうが、どんな人間の言葉よりも、とかく女心を動かすものである。

人の傷を笑うのは、傷の痛みを感じたことのないやつだ。

人の一生は動き回る影法師、哀れな役者に過ぎぬ。自分の出番のときだけ舞台の上でふんぞり返ったり、わめいたり。だが、その声もやがて聞こえなくなる。人の一生とは、うつけ者が唱える物語。がやがやとすさまじいばかり、ついには何のとりとめもありはせぬ。

険しい丘に登るためには、最初にゆっくり歩くことが必要である。

備えよ。たとえ今ではなくとも、チャンスはいつかやって来る。

人より早く成功する奴は、ダメになるのも早い。

とじこめられている火が、いちばん強く燃えるものだ。

眼前の恐怖も想像力の生みなす恐怖ほど恐ろしくはない。

喜怒哀楽の激しさは、その感情とともに実力までも滅ぼす。

今望んでいるものを手にして、何の得があろうか。それは夢、瞬間の出来事、泡のように消えてしまう束の間の喜びでしかない。

天は自ら行動しない者に救いの手をさしのべない。

悪口を言われて我が身を正すことの出来る人間は幸せと言うべきだ。