井上雄彦

レベルは上がることはあっても下がることは絶対にありえない。

自分が例えば『スラムダンク』を書いて、「ああ、井上雄彦はバスケマンガの人だな」と世の中から見られるようになったときに、ずっとそこにいるのはもう絶対に嫌なんですよ。

何かが作られていくプロセスに「これは面白い」と人々が惹きつけられて、より良いものになっていく。それはマンガの連載もそうですね。

生きるとは…的なことだったりとか今の時代に受けようっていう気持ちももちろん勝負論の中でありますけど、でももっと大事なのは何年経っても、どの世代でも、何か普遍的なものがあるっていうことが大事だと思っているんでね。

どんだけこの作品(バカボンド)で成長させてもらったってこととか、すごいひしひしと感じる。

プロフェッショナルとは向上し続ける人だと思っています。

(上手く描ける時と描けない時の違いは?)心の在りようだと思います。心の静かな感じの時は割りとすんなり描けます。

自分の内側を掘ったら結構広いというか普遍というか広いスペースがあるんじゃないか…

筆のやりたいようにいくっていう感覚が強い。

連載はライブですね。生き物ですね。

僕の心の内側で、ガウディと共有できる部分があるとしたら、自然に対する畏怖の念や、絶対的な信頼じゃないかと思います。

マンガ家という仕事としては、「読者が求めるものを提供する」というのが正しい姿だと思うんです。けれど、それが勝ちすぎて、さっき言ったような自分の原初の楽しみとか、面白さとか、やっている時のわくわく感みたいなものを殺してしまっては、もう全くの本末転倒。

時代も国も取っ払っても通じるようなもの…。人間ってことだと思いますけど。人間を描けるかどうかじゃないですかね。

弱さを経ていない強さはない。

自分に対して「本当にそれは自分かよ」と問うた時に、ちゃんと「そうです」って答えられるようでありたいですよね。

カラスはよく見ると美しく力強い姿形をしていて、時々見惚れてしまいます。

(ネームに入る気分は?)山に登るという感じですよね。一回入らないといけないんで日常から切り替えて。

大切なパーツは目です。

漫画家であり続ける為に漫画を描くみたいなことって全くやる気はない。

おてんとうさまに身を委ねて、何かしら良い物ができたらいいなと思っています。

僕にとって『スラムダンク』のラストは『ああ、こんなに良い終わり方はないな』というものでした。

自分がコントロールしてどうこうって描いた途端にこざかしいものになるのは目に見えているじゃないですか。

いい漫画を描きたかったら自分が成長するしかない。

一番嫌なのはやっぱり「変わらなくなること」なんですよね。

やっぱり読者がいなければ漫画は成立しないんです。