枡野俊明

利己心を捨て、ただひたすら相手の事を思うと、結局は相手も自分を捨てて、あなたの事を思ってくれるようになります

あるがままで物事に当たる時、最も自然に、最ものびのびと能力を発揮できる

失敗が大きければ大きいほど、そこから得られる学びも大きい

心のありようを変えたいと思った時、まず形から入るのはとても大切

できること、やるべきことは、今にしかない

不安も悩みも、いってみれば、生きている証ですから生きている限り、それらがなくなることはありません

意地やプライドから「こうあるべき」という思いに囚われ過ぎると相手を許せなくなるだけでなく、自分自身が苦しくなってしまいます

美しさは簡素の中にある

価値観や捉え方が違う相手こそ、コミュニケーション力を磨くいいチャンス

人と自分を比べる暇もないくらい、今自分が為すべきことに集中してください

生活を変えたいと思った時、「やること」を新たに加えようとするより、「やらないこと」をまず決めた方が早く変化する

自分の身の丈を知ること、欲望に支配されないこと

自分がいるその場所で、自分自身ができることを精いっぱいやっていく、そのことが大切である

時間は自分が主体になって「使う」もの。決して「使われる」ものではない

自分自身を灯りとしていけば、どんな時でも自分で心を照らすことができます

今あるものに喜びを見出し「これでよし」とする

朝を大切にする人は一日を大切にする人

辛さや寂しさも他の誰でもない、その日のあなただけができた経験。そしてその後二度と味わえないかもしれない経験です

たくさんのご縁に支えられ、生かしていただいていると気づけたら生きることそのものが「有難い」と感じられる

人生を終える頃になって、一時の感情のままに流されて時間を無駄に過ごしてしまったことに気付いても取り返しはつきません

あなたの言葉を一番身近で聞いているのは他でもないあなた自身

自分の修行は自分自身にしかできません

人生には一人でも二人でもいい、深く心を開いて話せる友がいれば、それで十分

すぐに怒ってしまう人は張り切ったゴムの状態。一方、いつも平常心でいられる人は、しなやかに伸びたり縮んだりするゴムのようにどんな状況にも臨機応変に対応できます

休むべき時にきちんと休めない人は、結局頑張るべき時に頑張ることができません

自然はいつも私たちにあるがままの姿を見せてくれています。その姿と向き合う時、私たち自身もあるがままになれるのです

本当に変わりたいと思うのなら、今の情けない自分を受け入れ、今後の行動を変えていくしかありません

自分に対して不甲斐なさ、情けなさを感じているのなら思い切り泣いてみるのもいい

一度口にした言葉は決して元に戻らない

私たちは一人で生きているのではありません

小さい事をきちんとできない人が、大きい目標を達成できるわけがありません

人間は不完全な生き物であり、日々思い通りにいかない現実の中で、もがきながら生きていくもの

どうにもならないことには頓着しない、無頓着でいるのが一番いい

不安も悩みも実は自分の心が作り出している

相手がたとえ間違っていたとしても、一方的に非難するだけでは何の解決にもなりません。相手と自分。両者は一つ。つまり「不二(ふに)」であると禅では考えます

人と自分を比べている限り、心に平安は訪れません

ムシャクシャした気持ちを抱え、怒りっぽい自分の被害を受けているのは自分自身

私たちの力が及ぶ範囲は、今というこの一瞬だけ

日常に不満や怒りが溜まっているなら、腹いせに誰かを攻撃しなくても、他に解決方法はいくらでもあります

毎日の小さな変化はあなたを確実に変えて行きます

全ての物事は独立しているのではなく連鎖している

所作を整える事は心を整える事、所作を磨くことは心を磨くこと

自然の中を歩くことは渇いた心に潤いを与えること、また五感を研ぎ澄ますこと

今を見つめることを忘れたら、時は空白のまま過ぎていく